『ずっと一緒だよっ!!』


『蓮!あんた私の教科書返しなさいよっ』
『やーだねっ。だったら、零だってアタシの本返してよ』

 こんな会話は日常茶飯事だった。いつまでも変わらないと思ってた。私、速水零と妹の蓮は 一卵性の双子だ。顔はそっくり。だけど性格は、全然と言って良い程違う。そんな私たち双子。 生まれたときからずっと一緒で、これからもずっと同じだと思ってた。けど、普遍なものなん てなくて……。

『零!!蓮が……蓮がぁ!!』

 その日は朝から嫌な予感がしてた。私の予感は必ずと言って良い程当たってしまうので、母 が泣いて縋り付いて来た時に直ぐ悟った。蓮の身に何かあったのだと。
 事故……だったらしい。急に飛び出した子供を庇って、そのまま車に……。実感が湧か なかった。だけど空虚感があって、嫌でも現実に引き戻された。涙なんてものは出てこなかっ た。まだ、傍に蓮が居る様な気がして。生まれてから今までの十六年間、一緒に過ごした子供 部屋が寂しく感じて……。前まではとても落ち着く部屋だと思っていたのに、今では一番居 たくない場所になった。今でも確かに、あの部屋は安心する場所だ。だけど蓮が居ないあの部 屋なんて、私の孤独感を煽るものでしかない。何故私は涙を流せないのだろう?何故皆は涙を 流せるのだろう?きっとこの出来事は夢で、眼を覚ますと呆れた蓮が『零ってば起きるの遅す ぎ』って、いつものように言うのだ。……なんて事を、ずっと考えてた。だけどこの出来事 はやはり夢ではなくて、朝起きても呆れている蓮の顔は見当たらない。焦燥感、孤独感、空虚 感。この三つが、私を支配する。





『……い……れ……い……」

 声が聴こえた。なんて言っているのかは聞き取れなかった。最初『いれい』としか聞こえな くて、何の事だと思った。しかし、徐々にしっかりしてきた意識で聞いてみると、その声は誰 かの名を囁いている様だった。

『れ……ぃ……れい……零』

 今度こそはっきりと聞こえた。確かに声は、私の名を呼んだ。しかし何故?しかも、何処か で聞いたことのある声だ。とても懐かしい、安心する声……。

――貴方は誰?

 私は声に問いかけた。顔は見えないが、声が笑っているのが予想できた。

『忘れちゃったの?酷いなぁ。零は薄情ものだぁ。アタシはずっと、気懸かりでしょうがなか ったって言うのに』

 やはり何処かで聞いたことのある声だ。しかも、毎日のように聞いていた声。親友のようで、 それよりももっと親しい何か……。

『仕方ないなぁ。じゃあヒントをあげる。【アタシ】はアンタに最も近い存在だよ、零』








「っ!!」

 夢が途切れた。私はどんな夢を見ていたんだっけ?思い出せない……。唯一覚えている事 は、声の主は私に最も近い存在である事。その他の内容は、すっぽりと頭から抜けてしまって いた。変だ。絶対忘れたくないと思っていた筈なのに。到頭、私は変になってしまったか?耐 え難い現実、逃避するのは止めようと思っていたくせにね……。
 私があの日から動けなくても、人類という世界は正常に機能している。否、正常かどうかは 判らないが。誰か一人の世界が止まった所で、人類という世界は止まる筈も無い。その事実は なんて悲しくて、なんて喜ばしい事なのだろう。如何か、私という存在を無視して動き続けて。 だけど、如何かあの子の事は忘れないで。




「おはよっ、零」
「……おはよう、サク」

 明るい声に呼ばれ、私は振り向く。そこには案の定、見慣れた顔があった。彼女の名は、佐 久間なつき。通称・サク。私の親友であり、私達双子の良き理解者。

「夢?」
「そう。真っ暗な闇の中で、声だけが響くの」

 私は、あの不思議な夢の話をした。一人で悩んでいるよりは、サクに相談してみた方が早い と思ったから。

「声、ねぇ。その声は、あんたに最も近い存在って言ったんだよねぇ?」
「うん」
「じゃあさ、あんたの中であんたに一番近い存在は?」
「えっ……それはやっぱり……」

 私の片割れ、蓮しか居ない。……ん?蓮っ!?

「えっ?えぇ!?」
「そんなになった狼狽えるなって!うちが言いたいのは、その可能性もあるんじゃないかなっ て事!!」





 本当に蓮なのだろうか?だけど、そうなると辻褄が合う。口調といい、声の質といい、何処 かで聞いたことがある声だと思う筈だ。でも何故私の夢なんかに現れたのだろう?気懸かりっ て言っていたけど、何の事なのだろうか?きっと、あの声……否、蓮は夢に現れる。予感が するんだ。確実に、今夜現れる。その時に問いただそう。何が気懸かりだったのかと。








『零……』

――蓮……?

『思い出してくれたんだね』

――やっぱり蓮だったんだ……。私、一瞬たりとも忘れて何かいなかったよっ?

『うん、知ってる。だから気懸かりだったのよ』

――どういう意味?

『零は気負いすぎなのよ。確かにアタシ達は双子だけど、いつまでも一緒になんか居られない 事は判っていた事でしょ?』

――でも、こんなのは嫌だよっ!!

『うん、アタシも嫌。だけど、遅かれ早かれ別れは来るもの。私達はそれが、少し早かったの よ』

――……でも、そんなのって悲しいよぉ!

 私がその言葉を言った次の瞬間、視界が光で包まれた。あまりの眩しさで、反射的に眼を瞑 ってしまう。暫くして、私はゆっくりと眼を開けた。そこは一面白の世界。そして、私の目の 前に居るのは……。

――蓮……
『零……ごめんね?だけど、アタシだって悲しいんだよ?』

 そう言った蓮の頬には、一筋の涙が流れていた。

『忘れられるのは嫌よ。だけど、零が悲しむのはもっと嫌っ!!』
――私も、蓮が悲しむのは嫌だよっ!
『うん……ありがとう。アタシ達は双子。元々は一つの魂だった。だから、アタシは消える んじゃなくて戻るの』
――何処に……?
『……零の中に。ずっと一緒だよ。話すことは出来なくなるけど、気持ちはずっと通じてる。
だからもう、孤独を感じなくて良いんだよ。空虚感もきっと無くなる。ねっ?』
――本当?
『絶対裏切らないよ。最後まで一緒だって、約束する』

 そう言って、蓮は綺麗に笑った。私もその笑みに応えようと、笑った。上手く笑えたカナ?

――わかった、信じるよ!!
『ありがとう、零っ。……あ、もう朝が来る。アタシはもう、零の中に戻らないと。これで もう、アタシは零の前に現れる事は出来ないけど、ずっと見守ってるから!傍に居るからっ! !本当にありがとう、大好きだよっ』
――私も、大好きっ!!絶対、また会おうねっ。死んでも、私達は生まれ変わって双子の姉妹 になろうねっ!大親友でもOKだよっ!!
『っ!……そうだねっ!生まれ変わってもずっと一緒よ、零!また、今度……ね……』
――……バイバイ、蓮……






 朝、いつも通り。だけど、孤独感、空虚感、焦燥感は無くなった。目覚めの良い朝。眼を覚 ましたとき、涙が滞り無く流れた。蓮が居なくなってからの数日間の寂しさを、洗い流すかの ように。不思議と、蓮と私の部屋もいつも通りの落ち着く部屋に戻った。
 学校に行って驚いた事があった。サクも蓮の夢を見たそうだ。零の事を頼むねと言って消え たらしい。本当、蓮は心配性なんだから。
 私の止まっていた世界が動き出した。息を吹き返した。これも心配性の誰かさんのお陰ね。 ……ねぇ、蓮。聞こえる?私、今とっても楽しいよ。アンタのお陰だねっ。もう少し待って てね。いつか必ず、一緒に笑い合える日が来るから。その時まで暫しの休憩を!じゃあ、お休 み。……蓮っ!!










END