『風に成る』


 夜。都会の端っこ、寂れたビルの屋上。そこに高校生くらいの少女が一人佇んでいた。少女 は長い髪を靡かせ、悲しそうな眼差しで地上を見下ろしていた。しかし彼女の瞳には何も映っ ていない。在るのは唯、無限に広がる闇。不意に少女が笑った。嘲る様な、慈しむ様な。その 矛盾した表情は、見るものを魅了する程美しい。


「わたしは、“無”になる」


 少女は語るように丁寧に呟いた。その言葉を聞く者は、誰一人居ないのに。


「“今”の私は消えてしまうけど」



「悲しい事ではないわ」



「だって“次”の私の始まりだから」



「“無”になり、“風”になるの」


「自由になるの」









 次の瞬間、彼女はビルから飛び降りた。微笑みながら飛び降りた。闇を抱くかのように両腕 を大きく広げ、飛ぶように堕ちていった。




落ちて―……




堕ちて―……



おちて―……



オチテ―……









ぐしゃり。




























最期の瞬間まで、少女の意識はあった。地上にぶつかるまで、ずっと。その間、彼女はずっ と言葉を紡いでいた。最期の瞬間まで。


『ごめんなさい。私はこんな形でしか貴方を自由にできない。貴方を縛り続けている私なんて、 消えてしまった方がいい』

『私は風に生まれ変わるわ。貴方の好きな風に』



『貴方だけを、ずっと愛してる』

 これが少女の最期の言葉だった。直後、彼女はアスファルトに衝突した。即死、だったそう だ。翌日、少女の死をニュースで知った少年は、彼女の好きだったある場所へと出掛けた。青 い、青い、海辺。少年はゆっくりと海へ入り、彼女の後を追って、沈んでいった。彼女に包ま れるような錯覚に陥りながら。







―君だけを、ずっと愛してる……。




END