『witch&wizard―姉弟の休日―』


「大丈夫よぉ!」

 一際高いソプラノが、ホール一杯に響いた。その電磁波に似た声は、少年の目の前に居る見 目可愛らしい少女から放たれたものだった。少女は円らな眼に溢れそうな涙を溜めて、頬を膨 らませていた。少年は困ったなぁ、と額に汗を浮かべて呟く。周囲からの視線が痛い……。

「なぁ、お願いだから我慢してくれ」

 少年は少女と目線を合わせる為、その場にしゃがみ込んだ。そして少女の頭に手を置き宥め る。傍から見れば、優しい兄と我が侭な妹の図だ。しかしその解釈も、次の少年の言葉によっ て覆される事になる。

「頼むから大人しくしてくれ、姉さん」

 『姉さん』。少年は確かにそう言った。周囲の視線は、明らかに少年に集中した。 無理も無い。少女は姉と言うには余りにも幼すぎて、高校生ぐらいの弟が居るようには見えな い。それ程少女は幼くて、可愛らしかった。

「だって……欲しいのよ。あのシャネルのバック」

 少女は物欲しげな眼で、目の前にあるショウウィンドウを見た。そして暫くすると少年を振 り返り、額に青筋を浮かべてこう言い放った。

「なんで私がこんな目に合わなくちゃいけないのよ!!」

 と。少女は言い放ったのとほぼ同時に、少年に蹴りを入れた。子供とは思えない程の蹴りの 威力に、少年は唯呻く事しか出来なかった。
 そもそも少年の姉という少女は、元々は【普通】だったのだ。歳相応の姿形で、少年の姉だ と言われれば、すんなりと頷ける程。しかし彼らは【普通】の人間とは違っため、様々な面倒 事と遭遇した。その不思議と呼べる力の所為で。そう……。この【普通】らしからぬ姉弟は、 魔法使いというヤツだった。少女が幼くなったのも、その面倒事の所為だった。まぁ、今回は まだ死に掛けなかっただけマシなのだが。とにかく彼女は、【呪い】をかけられてしまったの だ。命に別状は無いのだが、少女にとってはこの上なく屈辱的なもので……。

「嗚呼!!もう耐えられないっ」

 少女は可愛らしい顔を歪め、ヒステリックに少年に撒き散らした。少年は周囲の視線を気に して、オロオロとしていた。

「ね、姉さんっ。判ったから!買っても良いから!!だから取り敢えず家に帰ろう?」

 ね?と、少年は少女を諭す。もう、兄と妹にしか見れない。まぁ、シャネルを欲しがる 妹なんて珍しいが。
 少女は少年を暫く睨んでいた。それにも怯まず、笑顔を浮かべる少年は大物だ。その少年の 笑顔に折れたのか、少女は「判ったわよ」と呟くと、自分らの家の方角に歩いていった。少年 は「はぁ」と安堵の溜息を吐くと、苦笑を浮かべた。





 我が家であるマンションの一室に入ると、少女は「風呂に入る」と言って風呂場に籠ってし まった。少年は、姉が風呂に入っている間に夕食の準備を始めた。暫くすると暗くなってきた 為、手を止めて電気をつける。すると風呂場から「ぎゃっ」という姉の声と、何かが崩れる音 が聞こえた。少年は「またか……」と呟くと、姉である少女の自室に躊躇いも無く入り、箪 笥から大人物の部屋着を取り出した。そして速やかに風呂場のある部屋へと進み、閉ざされて ある扉をノックする。すると中から「琉生(ルイ)ぃー」という情けない姉の声が聴こえた。少 年は「入るよ」と言うと取っ手を捻り、扉を開けた。そして脱衣所に持ってきた服を置くと、 直ぐ出て行った。
 三十分程経つと、風呂場から「ガラッ」と音が聞こえ、「ヒタヒタ」と足音が聞こえた。

「ありがとぉ、琉生。助かったぁ」

 少年……琉生は声のする方を振り向いた。そこには見目麗しい女性が居た。その長く美しい 漆黒の髪を濡らし、ワンピース状の黒い部屋着は、彼女の白い肌をより一層引き立てた。そう、 彼女はまるで美しい魔女。童話に出てくるような醜い魔女ではなく、一国の姫のような気を纏 った美しい魔女。しかし、魔女と喩えるには余りにも美しく、姫と喩えるにはあまりにも妖艶 だった。

「良かったね、悠愛(ユア)姉さん」

 琉生は微笑を浮かべ、目の前に居る女性に言った。この女性こそ、先程の可愛らしい少女だっ た。彼女の【呪い】は、夜になると姿が戻ると言う代物らしい。確かに、この姿だったら姉と 言われれば頷ける。彼女……否、悠愛はそそくさとソファーに座った。

「あーあ、今日も疲れたぁ」
「そう?僕はいつも通りだったけど」

 少年は苦笑交じりにそう言った。